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ベトナム・カンボジア1人旅 ベトナム編 Part2

ベトナム滞在3日目。
朝食は毎回同様近くの屋台でいただきます。
野菜と肉の混ぜご飯。確か50円ぐらい。(名前わかりません)
味も美味しくてコスパ半端ないです。

ベトナム 朝食2

今日は、早朝からクチトンネルツアーに参加します。
安く済ませるならば、現地のシンカフェ等の激安ツアー会社を通じてツアー予約することをお勧めします。
車で2時間程度の距離にあるクチトンネルは確か込み込みで2千円ぐらいだったかと。※ただし、ツアーガイドも英語のみのため、日常会話レベルの英語力は必須かと。

写真は早朝のシンカフェの様子。
ベトナム シンカフェ

朝のベトナム。職場に向かう人々でバイクの大渋滞が生まれます。二人乗り、三人乗り、四人乗りは当たり前。平気で歩道も走ります。笑 日系だとホンダの二輪が人気があり、やはり中国産の二輪は激安のようです。

ベトナム Crowd street

クチトンネルは、ベトナム戦争中に、南ベトナム解放民族戦線 によって作られた全長200kmの地下トンネルネットワークです。周辺には落とし穴などのトラップも数多く見られ、また戦時中は米軍に見つからないように、様々な工夫をして身を潜めて暮らしていた様子を知ることができます。

ベトナム クチトンネル

トラップの一つ。何の変哲もない芝生を米兵が踏むと・・・

ベトナム クチトンネル2

こうなります。
※これ以外にも数多くのトラップがあり、武器や体格では勝てない米兵相手に賢く戦っていた様子が見受けられます。

ベトナム クチトンネル3

そして、クチトンネルの醍醐味といえば、実際に当時の方々が活用していた地下道を通ることが出来るのです。
入り口はこんな感じ。

ベトナム クチトンネル4

トンネルは3階層になっているのですが、通れるのは第一階層。足を曲げてヒヨコ歩きをしてどうにか歩けるようなサイズ。(欧米系の少しふくよかな方々は入れずに、見ているだけでした)
10メートルぐらいですが、狭くて暗くて暑いです。

ベトナム クチトンネル5

クチトンネルツアーは以上ですが、ベトナム戦争の様子が伺える場所ですので是非一度は訪れてみてはいかがでしょうか?また、現地ツアーに参加することによって、海外を旅している外国人の方とも知り合いになることが出来ますので、安い現地代理店を利用されることをお勧めします。

さて、今回は観光がメインですが仕事としてもベトナムの可能性を追求したかったため、ベトナムに進出しているフリーセル社の現法代表ともお話させていただく機会を得ました。
ベトナムの現況や、市場成長性について教えていただき、すごく勉強になりました。
本当にお忙しい中機会をいただき、ありがとうございました。また必ずベトナムいきますので、その際はよろしくお願いいたします。

ベトナム Freesale

さて、ベトナム最後の夜はどのように過ごそうか考えたあげく、夜になると多くのお土産屋、飲食店が軒を連ねるナイトマーケットを堪能し、ベトナムで有名なヤギ肉を食べにいこうと考えました。
1人ナイトマーケット中心部に位置する飲食店で食べ飲みしていると、たまたま相席になったホアさん。
英語で話しかけたところ、何と日本語が返ってきました。実はホアさん、ベトナムの日系企業向け人材紹介会社に勤めており、英語は出来ないけれども日本語は非常に流暢に話すことが出来るとのこと。

ベトナム with ホアさん

ベトナムのHR市場や、日系の進出状況について生の肌感覚を教えていただきました。

ベトナム with ホアさん2

その後、ホアさんと別れを告げ、お目当てのヤギ肉を食べに観光地を外れた現地人御用達のお店に寄りました。
すると、これまた偶然シンガポール在住の日本人(タカさん)と出会い、現地ベトナム人の方々とヤギ肉を突つくことに。

ベトナム with Girls and タカさん

そして、ベトナム最後の夜はバックパッカーの集まるブイビエン通りにタカさんと繰り出し、明け方まで飲み明かすのでした。

ベトナム ブイビエン通り

ブイビエン通りの夜は、ベトナムとは思えない様相。タイのカオサンにどことなく似ています。多くの飲食店、バー、安宿が所狭しと並んでおり、明け方まで盛り上がっています。

ベトナム ブイビエン道理2

ベトナムの旅行記は以上となります。
日本の戦後高度経済成長期と似ていると称されることが最近は多いベトナム。
今回はホーチミン市内を中心としてしか見ることが出来ませんでしたが、皆が必死に暮らしそうと生きている、そんなパワーを感じました。比較的インフラは整っており、携帯の普及率も高いです。

しかしながら、まだまだ市場としては未成熟です。逆に言うと、日本の高い技術力サービスは競争優位となります。
今後、更に成長を遂げるベトナム、そして進出を遂げる日系企業の動向に注目したいと思っています。

次は、カンボジア編に続きます。
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ベトナム・カンボジア1人旅 ベトナム編 Part1

今年の夏休みは、丸々一週間使ってベトナムとカンボジアへ行って参りました。
今回も前回タイへ行ったときと同様、ゲストハウスや現地のツアー会社を徹底的に使いこなし、激安の一人旅を敢行しました。

本エントリーには、今回の旅の備忘録として、主には写真を掲載しまくろうと思いますので、お暇な方やベトナム、カンボジアへの旅行をお考えの方は参考までにみていただけると嬉しいです。




ベトナム初日、現地時間夜の10時頃についた私は、とにかくタクシーに乗りベトナムバックパッカーの聖地ブイビエン通りへ向かうことに。(もちろんホテルの予約なんてしていません)
この瞬間から、壮絶な値切り交渉の日々が始まるのですが、空港前のタクシーはベトナムの通貨(ドン)や物価に慣れていないことを良いことに、かなり高値でふっかけてきます。結局、僕は時間を買うつもりで10ドルで行ってもらうことに。(今となっては、10ドルがいかに高かったのかと・・・)

無事、到着し満室のゲストハウスを尻目に10ドルのミニホテルにチェックイン。
とりあえず、長時間のフライトに疲れた体を癒すため近場のバーで一杯。ホーチミンビール約50円。

ベトナム ビール

ベトナム2日目、朝食はブイビエン通り沿いに出ている屋台でフォーのようなヌードルをいただきました。約80円。

ベトナム 朝食

ブイビエン通りとファングーラオ通りを結ぶ小道に多くの激安ゲストハウスが点在します。

ベトナム バックパッカーストリート

この日は、ホーチミン市内観光をしようと、トゥクトゥク、バイクタクシーは使わずに足で移動します。
途中、ファングーラオ通り北方にある公園を歩いていると、ストリート商売をしている若者に遭遇。どうも話を聞いていると私のサンダルを直してくれるとのこと。最初10ドルと言われたのですが、1ドルならOKだと言うとあっさり承諾。途中、サンダル裏側のゴムを張り替えてくれたのですが、これが問題の発端。終了と同時に70ドルを要求してきました。それまでの和やかなムードは一点。(写真は和やかな時)
納得のいかない私は、本気で交渉を実施し、最終的には全部込みで7ドルですみました。苦笑
(この一件のお陰で、交渉がうまくなったのはここだけの話)

ベトナム ぼったくり

ベンタイン市場、お土産や食料品など数多くの商品が所狭しと並んでいます。ちなみに、ここでも値切り交渉が大事になります。大体最初の言い値の3〜4分の1程度で買えます。コツは、店員さんが言い値から少額ずつ下げてくるのに応じず、言い値の3分の1を死守することです。店を離れるそぶりをして追いかけてくれば、買ったも当然。後は先ほどまでの様子が嘘のように、こちらの言い値に合わしてくれるようになります。苦笑

ベトナム ベンタイン市場

ベトナム人民委員会庁舎前。

ベトナム ホーチミン人民委員会庁舎

ベトナム革命を主導した、ベトナム初代大統領ホー・チ・ミン氏の銅像。ベトナムはご存知の通り、フランスの植民地、南北分断、統一というような歴史を経て1976年、現在のベトナム社会主義共和国が創られた歴史があります。ベトナムを独立に導いたホーチミン氏の功績は、後世に亘って語り継がれており、いたるところに看板や銅像が立っています。

ベトナム ホーチミン銅像

ベトナム中央郵便局。この周辺はフランス植民地時代の影響か、フランス式の建物が多くあります。中央郵便局もそのうちの一つ。

ベトナム 中央郵便局

ランチは偶然中央郵便局で出会った、ベトナム航空に勤める方と。商売上はぼったくりも多くありますが、基本的にベトナム人の気質は非常に温和で親切です。この方も(ごめんなさい、名前を忘れました)ぼったくりに合わない術を必死に教えてくれました。笑

ベトナム ランチ with ベトナム航空の人

この後は、統一会堂、戦争博物館へと行きました。写真は撮っていなかったのでありませんが、ホーチミンへ行くことがあるならば必ず見に行かれることをお勧めします。
特に、戦争博物館はベトナム戦争時代にアメリカが枯れ葉剤を撒いた影響により、奇形児が生まれた歴史がリアルな写真とともに展示されており、中でも結合双生児のホルマリン漬けにされた幼児の遺体は直視が難しく、多くを考えさせられる機会を得ました。我々の知らないところで、今もまだ苦しんでいる人々がいることを忘れてはいけません。

ベトナムは、今では先進国の次なる生産地、ないしはマーケットとして注目をされていますが、ベトナム戦争の影響を引きずっている部分が多々あり、丁度戦争時代に命を落とした大人が多くいたため、平均年齢も27.4歳と若いのです。

先進国の成長には往々として後進国の犠牲があります。
生物、文明の発展にも創造と破壊が常にあり、歴史は繰り返されています。
螺旋状の階段を上がるためには、同じ景色を見ることもあれば、光の当たらない階段を上ることがあります。

そんなことを沸々と考えながら、ベトナム旅行記Part1を終了にしたいと思います。

プロフィール

姜 大成

Author:姜 大成
姜 大成 / Daesong kang Age:28
株式会社Growther 代表取締役
相談型クラウドサービス"Bizlink" : http://bizlink.io/
Growther HP : http://growther.co.jp/
カネとヒトの流通革命を通じて、100億ドル規模の事業を創り、新しい資本主義社会の形成を実現させる。

大学に入るまで一冊も本を読了したことが無いほどの勉強嫌いから、不治の病にかかり入院生活を送った経験、家業の突然の衰退をキッカケに一転して勉学に目覚め、大学時代には3ヶ月間独学で「宅建」を取得し、年間一大行事の論文大会では大学創立以来初の年間3回論文賞受賞を達成。

大学卒業後、某銀行に入社。その間、リーマンショックの煽りを受け、父親の経営する会社が倒産をし、日中は銀行員として融資先の借金返済を迫り、自宅に帰ると借金取りに自宅を囲われる生活を送る。その際に家族が殆どの財産を失う経験をし、銀行の機能では中小企業を救えないことを身をもって経験。

中小企業の倒産をアドバイザーという立ち位置で救いたい一心で、人材大手インテリジェンスの顧問事業立ち上げに営業兼コンサルタントとして参画。年間200社の経営者を新規訪問し、経営改善をするため顧問の活用を提案。入社4ヶ月目には初のトップセールス→2年目後半からは売上トップを維持→最年少リーダー兼ボードメンバーへの参画を担う。インテリジェンス社員5,000名強の内、トップ20名のみが参加可能な海外研修にも選抜。

2015年5月にインテリジェンスを退職し、株式会社Growtherを創業。

生まれた世代所得によって人生のほとんどが決まってしまう世界から、所得に関係なく機会をつかめる世界、本当の成長を喜び、幸せに感じられる社会を目指して、事業を推進しております。

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